瞑想を続けた結果|5分×6年続けて変わったことと変わらなかったこと

生き方・思考

瞑想を始めてみたものの、効果を実感できず、「このまま続けて意味があるのかな」と感じていませんか。

私は、寝る前の呼吸瞑想を1日5分、約6年間続けてきました。

きっかけは、第2子が生まれるタイミングでした。

結論から言うと、瞑想を続けた結果、1日5分を6年間続けて3つの変化がありました。

ただし、イライラが消えたわけではありません。毎回無心になれたわけでも、人生が劇的に変わったわけでもありません。

変わったのは、感情や考えに飲み込まれたときの対処の仕方です。

この記事では、瞑想を6年間続けた私が実際に感じた変化と、続けても変わらなかったことを正直に書きます。うまくできなかった日や、頭を静かにしようとして逆に苦しくなった経験も隠しません。

瞑想を始めたばかりの方が、このまま続けてみるかどうかを判断する材料になれば幸いです。

私が瞑想を始めた理由

瞑想を始めたのは、心を無にしたかったからでも、特別な精神状態を目指していたからでもありません。

きっかけは、第2子が生まれるタイミングで、「これから長く続けられる習慣を一つ作りたい」と思ったことでした。

子どもが増えれば、これまで以上に自分の時間は少なくなります。だからこそ、忙しい生活の中でも無理なく続けられて、自分を少し整えられる習慣が欲しいと考えました。

そこで選んだのが、寝る前に5分だけ行う呼吸瞑想です。

仙人のようになりたかったわけでも、宇宙とつながりたかったわけでもありません。特別な道具がなくてもできて、時間もほとんどかからない。その手軽さが、当時の私には合っていました。

しかし、実際に始めてみると、想像していたようにはいきませんでした。

瞑想を始めても、頭の中は静かにならなかった

目を閉じて呼吸に集中しようとしても、頭の中には次々と考えが浮かびました。

明日の仕事、終わった会話、昔の失敗。呼吸を数えていたはずなのに、気づけば別のことを何分も考えていました。

「瞑想をすれば、頭の中が静かになる」と思っていたため、最初はうまくできていないと感じました。

雑念が浮かぶたびに、「考えないようにしよう」「もっと集中しなければ」と力を入れました。しかし、考えを消そうとするほど、その考えが気になってしまいます。

保育士として働く中で、子どもに強く言ってしまった日のことを、寝る前まで引きずることもありました。SNSを閉じたあとも、頭の中だけで会話が続く夜もありました。

瞑想をしているのに、頭は静かにならない。

むしろ、自分の頭の中がどれほどうるさいのかを、以前より強く感じるようになりました。

当時の私は、雑念が出ない状態を瞑想の成功だと思っていました。そのため、考えが浮かぶたびに、「今日もうまくできなかった」と自分を評価していたのです。

瞑想は「無心になる練習」ではなかった

瞑想を続ける中で、私の考え方を変えたのが、「雑念が出ることは失敗ではない」という気づきでした。

瞑想は、頭の中から考えを完全に消す練習ではありません。

考えが浮かんだことに気づき、もう一度呼吸へ意識を戻します。この動きを繰り返す練習です。

必要だったのは、考えを消す力ではありませんでした。考えに飲み込まれた状態から戻る力でした。

仕事のことを考えている自分に気づいたら、呼吸へ戻ります。過去の失敗を思い出していることに気づいたら、再び呼吸へ戻ります。

何度それても、何度でも戻れば大丈夫です。

そう理解してから、瞑想がうまくできたかどうかを、雑念の少なさで判断しなくなりました。

無心になれない日でも、気づいて戻ることができれば、その日の瞑想には意味があります。そう考えられるようになったことで、1日5分の習慣を続けやすくなりました。

では、実際に6年間続けて、何が変わったのでしょうか。

ここからは、私が感じた3つの変化を紹介します。

瞑想を6年間続けて感じた3つの変化

6年続けて感じた変化は、派手なものではありません。
けれど、日常の困りごとが少し楽になった実感はあります。

変化①:夜の5分があると、一日が引きずられにくくなった

いちばん大きかったのは、瞑想があるという安心感です。 1日5分の呼吸瞑想を、6年間寝る前に続けてきました。派手な変化ではなく、気分がフラットに戻る感覚が定着しました。

瞑想の変化は、日中すぐには現れにくいです。寝る前5分、呼吸に意識を向けたあと、肩の力が抜ける感覚があります。一日の出来事が、頭の中で少し薄くなるイメージです。

仕事で、同僚にイライラした日がありました。昼間は腹が立ったままでした。けれど、その夜5分座ったあと、気分がフラットに戻りました。翌朝、同じことを引きずらなくなりました。

「夜に戻れる時間がある」と分かると、日中のストレスにも動じにくくなりました。瞑想を続けた結果、安心感が日常に根づいてきたと感じます。

変化②:怒る前に、体のサインに気づけるようになった

2つ目の変化は、自分の体の反応に気づけるようになったことです。 瞑想は、呼吸を見る練習です。続けるほど、体の変化にも意識が向くようになりました。

以前は、子どもに怒ってしまったあと、怒りで頭がいっぱいになる状態が続いていました。一時の感情に飲まれたまま発言していました。

6年続けるうちに、怒りが爆発する前のサインに気づけるようになりました。「このままだと怒ってしまいそうだな」と分かる瞬間があります。

寝不足の日は、なんだかイライラしやすいと感じます。そんな日は早く寝ようと判断できることも増えました。

大きな感情を消せるようになったわけではありません。それでも、怒る前に一度自分を客観的に見れるようになったのは、確かな変化でした。

変化③:スマホから本へ、注意を戻せるようになった

3つ目の変化は、注意力を自分で戻せるようになったことです。 呼吸瞑想では、吸う・吐くに意識を向けます。考えがそれても、呼吸へ戻る練習を6年間繰り返してきました。

この練習が、日常にも活きました。スマホが気になっても、「今は本を読む時間なんだ」と意識できる瞬間があります。完全にスマホを見なくなったわけではありません。戻れる回数が、少しずつ増えました。

私の場合は、1日5分でも、注意がそれたことに気づいて戻す感覚が少しずつ身につきました。瞑想を続けた結果、集中の切り替えが少し楽になったと感じます。

ただし、すべてが良い方向に変わったわけではありません。

瞑想をしても変わらなかったこと

変化だけを書くのは、半分しか伝えていません。
6年続けても、変わらなかったことも正直に書きます。

イライラは消えなかった。変わったのは対処の仕方だけ

瞑想を6年続けても、イライラは消えませんでした。 変わったのは、対処の仕方だけです。夜の5分で気分がフラットに戻る安心感は、イライラそのものがなくなったわけではありません。

同僚に腹が立つ日は、今もあります。仕事や私生活で、人間関係でモヤモヤする日もあります。6年間、1日5分の呼吸瞑想を続けても、感情がゼロになることはありませんでした。

変わったのは、そのあとの動き方です。

昼間にイライラしても、寝る前5分座ったあと、気分がフラットに戻ります。翌日、同じことを引きずらなくなりました。

イライラを消せたのではなく、夜に戻れる場所ができた、というほうが正確です。

瞑想を続けた結果、ストレスに動じにくくなった面はあります。けれど、イライラ自体は今も出ます。対処の仕方が変わった、というのが私の感覚に近いです。

無心になれる人になったわけでもない

無心になれる日ばかりではありませんでした。 6年間、毎日うまくできたわけでもありません。雑念だらけの日も、今もあります。

寝る前5分、布団の上で座っても、仕事のことが何度も浮かびます。明日の予定、終わった会話、些細な後悔。座っているのに、頭は休まらない日があります。そういう日を失敗だと思わなくなったのは、変化のひとつです。

不安がゼロになったわけでもありません。布団に入っても、たまに考えが止まらない夜があります。人生が一気に変わったわけでもありません。派手な悟りも、ありませんでした。

6年間続けられた理由

6年続けられたのは、意志が強かったからではありません。
続け方のハードルを、極端に下げたからです。

5分・寝る前・決まった場所に固定した

6年間続けられた理由は、短く・同じ場所・同じ時間に固定したことです。 最初から20分や30分を目指しませんでした。1日5分だけ、と決めました。

長く座ろうとすると、忙しい日に挫折しやすいです。仕事が忙しい日は、帰宅後は体力が残りませんでした。そこで、疲れている日でも迷わず始められるように、寝る前に瞑想する場所を固定しました。

条件は、次の3つだけです。

  • タイマーを5分にする
  • 寝る前、決まった部屋の決まった場所に座る
  • 呼吸に意識を向ける

お香も、特別な音楽も、ヨガマットも要りませんでした。準備が増えるほど、続かないと経験していました。

6年間、場所と時間を変えませんでした。理由は、「今日はどこで、いつやろう」と考える手間をなくすためです。

うまくやるより、戻る練習だと決めた

続けられたもう一つの理由は、うまくやろうとしなかったことです。 雑念が出ても失敗ではない、という考え方に変わったことです。座れた日は、十分だと考えました。

6年間、毎日同じ気持ちで座れたわけではありません。仕事のことが浮かぶ日、眠くなる日、面倒に感じる日もありました。それでも「5分だけ」と決めていたので、戻りやすかったです。

1日空いても、瞑想をやめたことにはなりませんでした。次の夜、また布団の上に座れば、習慣はつながります。戻れる形にしておくことが、6年続いた理由です。

「瞑想がある」という安心感も、続ける力になりました。

瞑想を6年間続けてわかったこと

瞑想は「無になる方法」ではない

6年続けてわかったのは、瞑想は無心になる修行ではない点です。 雑念が出ても、考えに気づいて呼吸へ戻ればいい。それが瞑想の本体でした。

最初は、頭の中を静めたかったです。精神論でどうにかしようとして、うまくいきませんでした。6年前、寝る前の布団の上で1日5分から始めました。考えを消すためではなく、自分を責めずに戻れる時間が欲しかったからです。

6年間、仕事のことが浮かぶ日も、イライラする日もありました。無心になれた日ばかりではありません。それでも、呼吸に戻る練習を続けたら、暴走する脳との距離が少し取れるようになりました。

瞑想を続けた結果、人生が一気に変わったわけではありません。けれど、戻れる感覚は、少しずつ育ちました。

5分だけ座って、呼吸に戻ればいい

続けてわかったのは、長さより戻れる形のほうが大切だと感じました。 1日5分、寝る前、布団の上。条件を固定したら、6年続きました。

派手な変化を待たなくて大丈夫です。3つの変化も、小さな実感の積み重ねでした。イライラが消えなかったことも、正直な限界として知っておく価値があります。

不安は、これからも出ると思います。布団に入っても、考えが止まらない夜もあるでしょう。それでも、5分座って呼吸に戻る。それだけで、自分に戻れる時間を作れます。

この記事が、続ける前の判断材料になれば幸いです。よければ今夜、5分だけ試してみてください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました